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モスバーガー

ふいにモスバーガーが食べたくなって立ち寄りました。
海老バーガーにポテト、和歌山のホット柚子を注文。
海老バーガーは期待以上の出来具合、パリッとした衣と中身の海老の食感がよかったです。どうしてもバーガーから落ちてしまうソースは、ポテトにつけるとなかなか良いお味。和歌山特産の柚子ドリンクはほんのり甘くゆずの香りが豊かで・・・寒い日にはぴったりでした。
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by tanacue | 2011-01-29 18:47

MRI

MRI撮影をしてきました。
手術後2ヶ月と10日あまり経過して、再建した靭帯はどうかという診断。結果は良好、きちんと靭帯は再建されて正しい位置に繋がっていました。まだリハビリの途中で、曲げ伸ばしに伴い「ポキッ」とか「ミシッ」なんて音がすることもありますし、鈍い痛みや腫れも残っていますが、徐々に良くなる事を願いつつ気長にリハビリを続けたいと思います。
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by tanacue | 2011-01-28 15:55

紀州徳川神社

ウォーキングのコースにある公園に小さな神社があります。ときどき人が集まっているので地元で何かしら由緒があるのか、人気なのか・・・とあまり気にしていませんでした。あらためて見てみると「紀州徳川神社」と金ピカの表札(?)がかかっているではありませんか。

なんだかすごい。
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by tanacue | 2011-01-26 13:44

アニメーション

最近触っているCINEMA 4D。
新しい操作には戸惑うけれど、何か少しずつ覚えてゆくのは楽しい。


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by tanacue | 2011-01-22 15:25

事故

また事故。
いつも歩く和歌山城横の交差点での事故・・交通モラルの低さには恐怖を感じます。

http://www.wbs.co.jp/news.html?p=24240
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by tanacue | 2011-01-21 17:54

アニメーション

CINEMA 4Dはドイツ製のアプリケーション。
いろいろ触ってアニメーションを試してみました。
Shadeよりもレンダリングが速いような気がします、気のせいかな。


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by tanacue | 2011-01-21 17:52

黒ネコ

黒ネコにすれ違いました。公園の岩山を下っていると、その黒ネコは下から登って来ました。岩にできた狭い小道で平然とすれ違い、すたすたと登って行きます。リハビリ中でよろよろしている私なんかより、百万倍くらい身軽でした。
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by tanacue | 2011-01-20 10:21

CINEMA 4D モデリング

CINEMA 4Dを使っていろいろと試しています、が・・・とにかく遅々として進まず、です。やっとサンプルデータを使って何枚かの画像をレンダリングしてみました。Shadeと似ている部分もあり、異なる部分もあり、少しずつ少しずつ試しています。
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by tanacue | 2011-01-19 16:26

震災の日に

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震災の日だからといってイベントをしたり特別番組を組んだり、防災について啓蒙しようというメディアには、何かしら白々しいものを感じてきました。震災を伝える事は大切だけど、既存の型の中にパッケージした番組からは震災の生々しさが伝わってこない気がしました。

震災後数年たち日々の仕事に流されてゆくうち、震災の日だからといって特別に何かを思うことも希薄になってゆきましたが・・・今、神戸を離れて暮らしていることで、かえって震災の経験を大切にしなくてはいけない気がします。

当時住んでいた北区の二階建てアパート、私の部屋の窓にはつららができるほど冷えていました。あの日はなぜか夜中に目が覚めて、わざわざ布団から抜け出して窓から外を眺めました。夜中の2時頃だったと思いますが、不思議な事に南の空が夕暮れのようにうっすら桃色でした。おかしいなと思いましたが、あまりに寒かったので深く考える事もをせず再び布団に入って眠りました。

地響きと共に激しい揺れがあり、柱や壁が破断するボキボキという音がしました。すぐに地震だとわかりましたが何をすることもできません。アパートが倒壊するかも知れない、崩れても頭を守って生き残れるように、ただ布団に包まっていました。

揺れが収まって布団から抜け出し、裂けた壁紙やゆがんだ扉や散乱したキッチンなどを見て回りました。電気もガスも水道も止まって暗くて何をすることもできません。窓の外にはあちこちから動き出したクルマのライトが見えました。「こんな状況でクルマに乗っていったいどうするつもりなのか?」と少しがっかりした気持ちになり、そのときに初めて空が真っ暗な事に気がつきました。さっき見た夕暮れのような空は何だったのか・・・本当に寝ぼけていたんじゃないかと思いました。何かをするのをあっさりとあきらめて、また布団に潜って眠りました、考えてみればよくあの状況で眠れたと思います。

明るくなって起きました。ビデオカメラをまわしながら改めて被害の様子を確認しましたが、カメラの動作がおかしく、ときどきノイズが入ったり電源が落ちたりしました。このカメラの不具合は地震後しばらく続いていました。電磁波の影響だという人もいますが、本当のところは不明です。

幸いにして北区の被害は小さく、私の家では電気・ガス・水道ともにすぐ復旧しました。当時勤務していた学校の被害も小さく、昼過ぎになってようやく長田の惨状を職員室のテレビで知ることになります。TV画面では阪神高速が落ち長田が燃えていました。どうやらこれは大変な規模の災害なんだということが見えてきました。夕方になって帰宅し窓から外を見ました。夜中なのに夕暮れのような空をみた窓、無数のクルマのライトをみた窓、同じ窓から見えたのは何本も立ち上る黒い煙でした。山を下った街ではたくさんの人が家に押しつぶされ、火災で焼かれ死んでいました。凍えながら助けを待つ人がいる、今まさにそういう事態が進行中でした。同じ神戸で起きている惨状と自分がこうして生きている現実の隔たりを埋められない、それまでとは別の世界に来てしまったかのような気分でした。

テレビもラジオも断片的な被害の状況を伝えるのが精一杯で、誰も被害状況や救援活動を統括出来ていない混乱した状況でした。ほんの少し離れた地域では何事も無かったかのように日常生活が営まれて、情報不足から震災の規模や被害を軽く見る人もいました。私もまず自分のことが先決でした。水の確保、食料の確保、暖房や燃料の確保を考えました。水を除けば、とりあえず一週間くらいは暮らせる食べ物はありました。当面の身の安全が見通せてやっと「友人たちは無事だろうか?」「親に連絡できないだろうか?」という気持ちになりました。

それから何日経っても寒い冬空には救急車のサイレンやヘリコプターの音が響いていました。壊れてしまった街並をまるで映画のセットのように映し出すTVを眺めながら、神戸が元の生活に戻るには何年かかるのだろうと呆然としたのを覚えています。私の生活は申し訳ないくらい早く復旧し、大きな不自由はない日々が送れるようになりました。しかし私は仕事の枠内でしか動く事ができず、避難所での支援もわずかしか参加出来ませんでした。結局あの苦しい時に、人のために何ができたのだろう・・・今でも思います。

写真は焼け落ちてしまった長田の一角(当時撮影したビデオから)。
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by tanacue | 2011-01-17 15:58

CINEMA 4D

ずっと制作続けていますが、なかなか理解が進まない。もっと遊ばないとダメですね。
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by tanacue | 2011-01-15 16:36
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http://www.eonet.ne.jp/~tanacue/


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